第2回教職者研修会記念号


  

  
米子教会牧師

        
二宮 忠弘

      
Tadahiro Ninomiya



 1999年に始まった教職研修会は2年ごとに開催される。このたび第2回研修会が7月22日(月)から23日(火)まで恵那峡国際ホテル(岐阜県恵那市)で実施された。

 今年の冬から良く祈って準備がなされた。わたしたちは教団の教職に積極的に呼びかけた。「会報」のみならず「信徒の友」、「リバイバル新聞」でも参加者を募った。インターネットも駆使した。講師を2人立てた。教団副議長と台湾基督長老教会(教団と姉妹関係にある)牧師である。わたしたちとしては独自性を出した。それには我が教団の成長への願いがこめられている。

 この誌上では研修会に対する私の関わりを通して聖霊の流れとしての現代版使徒言行録を綴りたい。
 1972年7月7日のことである。台湾は北西部の山中にあるタバホ(田埔)教会(台湾基督長老教会タイヤル中会)に聖霊が降臨した。その働きは今日まで続いている。その30周年にあたる今年、そこを長いあいだ牧会してきた黄田勝牧師を、主は研修会の講師としてお立てになられた。私は今回使者として30周年を祝う意味を込めて台湾までお迎えに行った。通訳として立てられた旧知の陳光松牧師が共に日本に来て下さる予定である。

 タバホ教会は祈祷院を新築したばかりである。客人に対する歓待はさておき、日本の牧者を迎えたのは当教会にとって喜びであった。祈祷院でおこなわれた聖霊降臨30周年記念礼拝で、預言の賜物を受けている女性信徒が言ったものである。「私は20数年前言いました。わたしたちは日本の教会と交わりを持つようになりますと。今日それが実現しました」と。

 そうだ、と皆当時を思い出して、確認した。ある信徒は幻を見た。
【黄牧師の前に大男が立ちはだかっている】。
 悪魔が牧師の日本行きを妨害しようとしていた。霊的戦いは事前に始まっていた。陳牧師にも悪魔の攻撃がかかってきた。実は私が台北国際空港に降りた時、彼は迎えにきていなかった。歯痛のため急遽、医者にかからざるを得なかったからだ。次に、陳牧師のお連れ合いが持病の心臓病が悪くなり、これも急に入院することになり、日本行きの前日になってようやく陳牧師は私たちと合流することができた。

 日本への出発直前まで聖霊の働きを妨げる力がわたしたちを襲った。わたしたちは健康のことまで細心の注意を払いながら、旅客機に乗り込んだ。台湾の聖徒の群れが心を一つにして、牧者を送りだした。

 日本でも悪魔の策略が高砂教会の信徒に前もって示された。それは、会場のホテルで悪魔がわなを仕掛けているというのである。その姉妹は断食して祈った。しかも同様のことが他の信徒にも示された。そのため研修会参加者は各人の泊まる部屋で先ず部屋を聖別してから使用した。
 集った教職者は40〇名。前回の30名にくらべて増加している。少しずつ前進していることは事実である。
 教団副議長の山北宣久牧師(聖ヶ丘教会)の伝道路線再構築の意気込みを聞いた。副議長の参加自体が聖霊刷新に対する教団の期待を表すものであった。教会が変われば、日本が変わる。日本が変われば、世界が変わる。それには日本基督教団が主役を演じる以外にない。そのために教職者が霊的に刷新されるべきである。ここから教会は改革され、新しい世紀における伝道を担っていくことができる。

 姉妹関係にある台湾基督長老教会の聖霊刷新の働きを聞くことができた。黄牧師の真摯な姿に打たれた。彼自身、「自分は保守的な人間である」と言う。何も才能があるわけでもない。願ってカリスマの働きを求めたものでもない。教会全体が特に強く求める心をもっているがゆえに起きたというわけでもない。一方的な聖霊降臨であった。黄牧師の言葉を借りると、消極的な教会であった。今でも全体的な性向はそうである。しかし、それが真実をよりいっそう鮮明に証ししている、と私は思う。信徒は聖霊の導きに全き従順をもって生活している。毎日がそうである。牧師も教会員も静かに聖霊の働きにたいしてすぐ応じることができるように心を整えている。黄牧師は日本において何一つ他のことを求めず、ただ自らの使命一途であった。

 私は事後まで注意を怠らなかった。陳牧師は黄牧師より一週間後に台湾へ帰っていかれたが、帰る2日前に体調を崩して、一時病院のベッドに横たわるという事態が生じた。今回、霊的戦いは相当に厳しいものがあった。それだけに、それに勝利して一歩前進することができたことは喜びである。

 今回の研修会を見てもわかるが、全国的規模での働きであるため、相互に空間的距離感がある。今しばらくは時間をかけて相互の交わりを深めていくことになる。同僚一人一人は大きな課題を担っている。全国各地で孤軍奮闘している同僚がいる。孤立無援の戦いを展開している友がいる。牧師を牧会する牧師が必要である。互いに祈り合って支えていきたい。

 今後も教職者の霊的訓練は推進されなければならない。そのために聖霊刷新協議会が用いられて、各人の成長を促していくならば、やり甲斐がある。これらの上に具体的な目標を設定する。そうすれば、当協議会は歴史的役割を果たすことになるであろう。



 「教団の聖霊によるリニューアル」

                    頌栄教会牧師
   
            鈴木 崇巨


 私たちの聖霊刷新協議会では毎年全国大会か教職研修会かを開いています。今年は教職研修会の年で、まだ2回目です。
 
 教団の教職者ばかりということで、お互いに親しみをもちながらの学びの時をもてました。

 講師は日本基督教団総会副議長の山北宣久牧師でした。実は神学校のクラスメイトで、今は隣の教会同士ということもあり、楽しい研修会になりました。山北牧師は若い頃から「教会が伝道しなければ何をするのか」と熱心に語って来られましたが、今回は一段と理論武装をして「神の言葉の伝道」を情熱を持って語ってくださいました。特に私にとって励ましを与えられたのは、彼が牧師であることの喜びをもって働けるような教団に改革しなければと、心から訴えているところでした。

 食事のときだったか、私が「たとえば英国教会(聖公会)でもカリスマ・リニューアル教会がどんどん増えているし、カリスマ・ビショップもいるんだよね、知っている?」と言ったら、「もちろん知っているよ」とさも当然のように答えてくれました。教団の教会ではカリスマ系の牧師をまだ特別視する傾向がありますが、早く普通に見られたいと私は願っています。山北牧師は視野が広い。

 私の奉仕している教会はカリスマ教会ではないし、カリスマ・ミニストリーをしているわけでもないのですが、私自身は「聖霊の喜び」に満たされて、忠実に教会に仕えているつもりでいます。私が教団から距離を広げているのではなく、教団が離れているか、停止しているように感じられます。私が間違っているのでしょうか。私はもう36年も教会の普通(以下)の牧師でいるつもりなのですが。

 どうか一人でも多くの教団のカリスマ牧師がこの運動に加わってくださることを願っています。共に祈りあい、励まし合って、ただ聖霊の導きに委ねて、前進したいと願っています。教団の聖霊派の牧師先生方に熱いエールを送らせて頂きます。あなたに聖霊が香油のように注がれますように。



 「今、働く信仰」

                  立川教会牧師夫人
  
             高田 康子


 主よ、主よ、感謝します。
 この呼びかけは、わたしの心を素直にしてくださり、とても落ち着きます。本当に、生きていてよかったと感謝しています。信仰をもって、久しくなりますが、正直言って、「神さまを受け入れ信じます。」と声を出して言えること、またわたしの声を神さまが聞いていてくださることを確信するようになったのはついこの数年前からです。

 何年もの間、キリスト者でありながらも心の底から願い求めることができなかったわたしでした。夫の開拓伝道の志を共に経験し、人々と生きていく中で、自分の目を開かせられました。ただ、ただ反省し、愚かな者であることを知った時、神さまにゆるしてくださいと祈りました。涙が次から次に出て、止まることを知りませんでした。その時、感謝にあふれ、感謝で体がふるえて、神さまのすばらしさに気づかされたのです。

 小さいころ、6歳くらいだったでしょうか、母に連れられて近くのカトリック教会に行ったことを覚えています。母はキリスト者ではありませんでした。その母は、その後まもなく他界をいたしました。大人になって、なぜ教会に行ったのだろうかと考えた時に、母の体が肺結核のため、あとわずかな時間しか残されていないことをさとり、六歳のわたしを残していくことが不憫でならなかったのだと思います。非常に辛かったことでしょう。神さまに願い求め、切に祈った事と思います。母親のせつない思いを自分自身に置き換えた時、何と悲しい思いで天国に旅立ったのかと、改めて遠い昔を思い起しました。自分がいま生きていることは、何と感謝なことでしょう。神さまが導いてくださった、守ってくださったと強く感じたとき、わたしは心から懺悔いたしました。そして、これからの人生、主によりすがり、主の示す道を歩んでいこう、主の器として用いていただこう、どこまでも従っていこう、とお約束しました。

 教団の聖霊刷新協議会の大会にも4回のうち3回出席させていただきましたが、いつも心洗われます。聖霊に満たされた先生方との出会い、また諸教会の信徒の方々とのお話し合いは、違和感なしに、語り合えます。先日も、皆さまにお目にかかりました。年に一回の研修会ですが、毎回よきもの、素晴らしい賜物をいただくために、お会いできますことを楽しみにしています。

 自分を変えることは、なかなかできません。でも信じます、聖霊さまが変えてくださることを、神さまにお返しすることの喜びをもって、信仰生活を全うしていきたいと願っています。「今、働く信仰」が目標です




 「日本のリバイバルは教団の手に」

                     赤磐教会牧師
  
              額田 浩


 日本キリスト教団聖霊刷新協議会の集会への参加は、昨年の夏に行われた全国大会が初めてでした。どなたかの紹介で聖霊刷新の会報誌が送られてくるようになり、その紙面で全国大会を知り、教会員6人と共に期待して参加しました。教会員にとっては聖霊刷新の第一歩となりました。あれから聖霊様による霊的刷新を求めて歩んでいます。しかし、私にとっては初めての高砂教会、初めての集会であるにもかかわらず、まるで古巣にもどって来たような感じでした。ですから、全国大会で案内された今年の教職研修会への参加は、その場で決意しました。少しでも早く、聖霊に満たされた先生方とのお交わりを深めたいと思い、教職研修会が待ち遠しい1年間でした。

 私は、受洗の約5ヶ月前に異言の賜物が与えられ、カリスマ的な教会で育てられました。6年半の信徒生活を送り、4年間の神学校生活を経て、赤磐教会に赴任して11年目の牧会生活を送っています。信徒時代は、聖霊様を主語に信仰を語ることは、もちろん問題なく出来たのですが、神学校時代は神学者が主語になり、牧師となって教区で話し合う時には聖霊様という言葉をなるべく語らないようにしてまいりました。私の思い込みかもしれませんが、奇跡的な体験とか出来事を語ることは、自分がおろか者であると言っているようにとられるような雰囲気があったように思います。また、そのような神学的立場で説教をされる先生もおられました。しかし、私は奇跡体験を抜きにして自分の信仰を証しすることもできませんし、聖霊様のお働きを語らないで牧会を続けることもできないところまで来ていました。

 そのような時に今回の教職研修会に参加することが出来ました。集われた教職の方々は神学によって神様を理解している人々ではなくて、生活の中で個人的に神様を知っている先生がたでした。共に励まし合い、祈り合う時が豊かにもてました。何人かの先生方と近況報告をしながら、相手の先生が日本キリスト教団の教職であることがうれしくてたまりませんでした。自分が自分のままで話し合える教職の先生方が、日本キリスト教団の中にこんなにもおられることを知っただけでも大いに力づけられました。このようなすばらし教職研修会なら毎年開催されたらと願います。そして、さらに多くの方が参加されて日本キリスト教団のリバイバルのために、祈り合い励まし合えたらと思いました。開会礼拝でも語られましたが、やはり日本のリバイバルは、日本キリスト教団の聖霊刷新にかかっていると思います。主は、私たちの教団に期待されていると確信しました。感謝します。