台湾教会更新服事団代表
  元台湾基督長老教会総幹事
  台湾総政府国策顧問

             
高 俊明

            
  SHunnmei Kou



 イエスさまはこう言われました。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙虚な者だから、わたしのくびきを負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの荷は軽いからである。」(マタイ12章28〜30節)

 今年の8月はわたしにとって、大変くびきの重いひと月でありました。日本の東京・京都・神戸・高砂・福岡・熊本等で、合計17回の説教と講義をすることになっていたからです。17回の内、3回は台湾語で、その他の14回は日本語で語るようになっておりました。又17回の講題と内容もそれぞれ異なったものでしたので、私は大変緊張もし、心配もしました。しかし、皆様が私の為によく祈ってくださり、私も自分の弱さを自覚してよく祈り、又聖霊さまが特に深いあわれみをもって祈ってくださいましたので、一応無事にこの17回の説教と講義を終えることが出来ました。心から聖霊さまと皆様のお祈りに対して厚く御礼申し上げます。

 一人の牧師として、私が一番聖霊さまを身近に感じるのは説教をしている時です。今まで、何十回も何百回も、自分の説教の準備が充分に出来ていないことを痛感して嘆きました。しかし、その度に無能な私を聖霊さまが憐れんで下さり、力強くメッセージを取り次ぐ事が出来るようにしてくださいました。

 罪深くて弱い私のような者が神様の御言葉を取り次ぐと言うことは不可能なのです。どんなに熱心に準備をしても、不完全な人間が完全な神の愛と恵みを語り、不完全な人間が完全な神の福音の真理を語ると言うことは不可能なのです。しかし、この不可能を可能ならしめるお方が聖霊さまです。それ故、私達のつとめは、ただ、毎日まじめに祈り、まじめに聖霊様に聴き、まじめに勉強をし、正しく御旨に従って力強く生きると言うことです。どんなに無力であっても、私達が神を愛し人々を愛するが故に、ありのままの自分を謙虚に神におゆだねするならば、神様はイエス・キリストにあって、私達の小さな愛を大きく育ててくださるのです。そして真理の霊、慰めの霊であられる聖霊さまによって私達を助け、守り、導いてくださるのです。

 十数年前、私はアジア・キリスト者協議会のお招きで、講師としてインドネシアに行きました。数百名の教会リーダーが日本・韓国・タイ・フィリピン・ビルマ・インド・台湾・オーストラリア・ニュージーランド・パキスタン・スリランカ・ベトナム・ホンコン等から集まって居りました。全ての講義と討論はみな英語でなされるので、私も英語で私の講義を準備しました。しかし、私が講義をする前の日、或る若い神学者が講義をしたのです。彼の結論は、イエスは救い主である、しかしイエスのほかにも救いはあると言うようなものでした。参加者はこの事を聞いて大変驚き、且つ失望しました。特に異教社会に生まれ育って、その宗教に疑問を抱き、遂にキリスト教に接して、イエスキリストを救い主として受け入れた人達は大きなショックを受けました。

 もしも、イエス・キリストが唯一の救い主で無いのでしたら、自分達が家族や周囲の人達から残酷な迫害を受けた時、死にものぐるいで耐え忍んで信仰を守り通したのは無駄だったのかとさえも思ったのです。私もショックを受けました。自分が台湾で準備をして来た講義は、この重大な問いかけに充分こたえられないことを痛感したからです。

 私は即座に新しい内容の講義を準備しなければならないと思い立ちました。しかし、私の講義は明朝の第一時間目なのです。時間が切迫している。英語で語らねばならない。私はペトロとヨハネが当時の議員・長老・律法学者・大祭司とその一族を前にして大胆に「イエスは唯一の主である」と証したように証をしなければならないのです。「ナザレの人、イエス・キリストのほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」(使徒言行録4章10〜12節)。

 私は無心に祈り考え、書いては消し書いては又消し・・・と言うように、一晩中神様と格闘しました。私は断食をして祈りつつ準備し続けました。しかし、やっぱり駄目でした。何も書けませんでした。もう自分は伝道者としての生命はこれで終わりだ。今急に病気で倒れて病院にかつぎ込まれたらよい、そうすれば講義をしなくてもよくなるだろうとも思いました。

 しかし、遂に定刻になりました。私は原稿無しで講壇に上がりました。するとその時完全に無力であった私に聖霊さまが静かに臨んで下さったのです。そして私に語るべき事を示して下さったのです。私は使徒言行録16章25〜34節に基づいて3つの事を、実例をあげながら語りました。

@人生の真夜中ころ:人間の罪・苦しみ・絶望
A真夜中の祈りと賛美:力強い信仰
Bイエス・キリストによる救い:イエス・キリストの十字架と復活:永遠の生命
 
 最後に私は「イエス・キリストのみが救い主でありキリスト以外に救いはない」と結んで祈りました。
祈りが終わった後、思いがけなくも、会場から大きな拍手が湧き起こり、多くの兄弟姉妹が喜びに満たされて私と握手をし、心からの感謝を述べたのです。聖霊様は絶望状態に陥っていた私を助け、慰め、導き、励ましてくださったのです。

 この時以外にも、聖霊さまは、何十回も何百回も私の人生の暗闇を光り輝く朝に変えてくださいました。主の聖名を賛美致します。




   

  私の聖霊体験

    高砂教会副牧師
   
   新谷 和茂





『あなたは、何事にも慎み、苦難を忍び、伝道者のわざをなし、自分の務を全うしなさい。』(Uテモテ4章5節)
この御言葉が私を献身に踏み切らせました。

 私は、高砂教会に導かれたのは高校2年生の時でした。それまでの私は、教会、聖書、クリスチャンというものとは全く無関係な生活をしていました。私には先天性の眼球振動による斜視があり、顔をまっすぐに向けて物を見ることができず、ずっと劣等感を持っていたのです。その劣等感によって、私は自分の幼い時の写真を見ることが出来ませんでした。その写真が学校の記念写真であればあるほど「何とみっともない姿だろう。何と恥ずかしい姿だろう。こんな写真が同級生の手元にあるなんて…」と身が縮まる思いでした。いっそう透明人間になりたいと思いました。自分の存在そのものが恥ずかしかったし、受け入れることができなかったのです。そんな悩みが「私はいったい何のために生まれてきたのだろう? 私は一体何者だろう?」という人生の悩みにまで膨らみました。

そのような状態で高校に入学。いよいよ人生の悩みは深刻になりました。同級生に「教会へ来ないか」と誘われるようになりました。キリスト教とは無縁の世界に生きていた私には「教会」がどういう集まりなのか全く知りませんから、応答のしようもありません。一年ほど経って失恋。その時「教会に行ってみよう。そこに解決があるかも知れない」と思いました。何度となく教会の前をウロウロして迷いましたが、意を決して教会に入りました。集会の後に感じたことは「何をやっても虚しさが付きまとっていたのに、どういうわけか心が安らいでいる」ということでした。その年の12月に親の反対を押し切って受洗しました。

 それから直ぐ教会分裂の嵐に巻き込まれました。壮年会の方の家に呼び出されて「一緒に高砂教会を出よう」と説得されたこともありました。と同時に自分自身の信仰にも悩み始めました。教会に通っていても私自身がちっともいい人間になっていないことに疑問を持ち出したのです。果たして教会に通うことに意味があるのか、信仰を持つことに意味があるのか。それで暫く教会に行かなくなりました。

 こんな私を主は見捨てることなく憐れんで下さり教会に連れ戻して下さいました。「もう一度祈ってみよう、もう一度聖書を読み続けてみよう」という思いが与えられ、毎晩聖書と祈りの時間を持つようになりました。特に祈りに関しては、最初は3分も保たなかったのに、段々と15分、30分、1時間と祈れるようになっていったのです。勿論信仰の喜びが溢れてきました。教会に行くことが楽しくなり、奉仕も出来るようになりました。時々異言のようなものが出るようにもなっていました。その時分かったことは「信仰も祈りも根性で生み出すものではなく、神様から与えられるものなのだ。生き方にしても神様によって変えられていくのだ」ということでした。

 異言が伴う聖霊のバプテスマを明確に頂いたのは、19歳の大学浪人の時です。高砂教会夏期修養会で頂きました。その時自分勝手に異言を語っているのではと不安になりましたが、講師の三島実郎先生の助言で安心して異言で祈り続けられるようになりました。

 大学に入学し20歳になったころ、「日本のリバイバルは日本人の手で」という思いが強くなっていきました。大学4年生になって最初に記した御言葉が与えられ、その御言葉に迫られて献身を決意致しました。両親は未信者でしたから(今はクリスチャンとなっている)勿論反対しました。大学まで出してもらっている身で、親の反対を押し切ることに相当悩みました。親自身も悩み、霊媒師のような所に相談に行きました。するとその霊媒師は「この息子は良い息子だ。だから神に仕える道に進ませなさい」と答えたというのです。それで親も観念したようです。そのような形で道が開かれ、関西聖書学院で学び、またCコースで教団教師検定試験を受けていきました。

 神学校を卒業する前、少々不安が押し寄せてきましたが、ヨハネ福音書を読んでいる時、聖霊様が共におられることはイエス様が共におられることと同じなのだと分かり喜びに満たされました。そして今現在も、自分の足りなさにぶち当たりつつも、聖霊なる神様が共にいて下さることに支えられながら、ご奉仕させていただいています。



 『力の伝道』
 ジョン・ウィンバー著

 マルコーシュ・パブリケーション

 彼は福音派でありながら、聖霊の働きに目が開かれた人である。直接お会いしたことはないが、スピリット・ソングが彼の作品であることを知って、妙に親しさを覚えた。この本は、日本の福音派にセンセーショナルを巻き起こし、論駁する本が何冊か出版された。私と同じ、聖書を神の言葉と信じる立場なのに、残念だった。彼は、C・クラフトの「世界観」を引用しながら、啓蒙主義の影響を受けた西欧では、見えないものがあると教えている。彼らは下層の自然科学と上層の宗教とは全く関わりがなく、閉ざされた世界であると考える。しかし、聖書の世界観は霊的な中間層が存在し、我々に影響を与えていると教える。日本のキリスト教は西欧を経て入って来たために、科学の名のもとで多くの真理がカットされている。結果的に、西洋の洋服を着たキリスト教は、日本古来のアニミズムには対抗できない。この本で一番魅力的なところは、神の国が力をもって、この世に臨んでいるということである。我々がイエスの御名によって、悪魔が盗んでいた多くのものを、奪回することができる、というすばらしい福音を伝えている。
日本基督教団 亀有教会牧師 鈴木靖尋




(12)聖霊に対する知的偏見

                小樽聖十字教会牧師
                       小栗 昭夫

 去る10月の初旬、およそ10日間のスケジュールでお招きを受け、福岡から宮崎、大阪、仙台へと伝道旅行に行かせて頂きました。特に九州地方は、これまでに一度も行ったことのない地域だったので、準備をしている時からすでに楽しみでいっぱいでした。

 実は、これには大きな背景がありました。昨年の秋、私共の教会の一人の姉妹からプレゼントされた「ヤベツの祈り」を読み終わったその日から、毎朝この祈りを続けていたのです。すると、ほんのひと月ほどで手束先生を通して台湾伝道旅行のお誘いが入ってきました。その瞬間、「あっ、ヤベツの祈りが成就した」と素朴に実感したのです。ところが、それから数ヶ月後に、今度はこの度の伝道旅行の話しが入って来ました。しかも、別々の2つのルートからの同時のお声掛けでした。その時には、驚きと言うよりも、むしろ生ける神の不思議な御力に触れたように感じました。

 伝道旅行は、ペンテコステ系の教会からのお招きでしたが、伺う先々の教会では「日本キリスト教団の中でカリスマ・ペンテコステの信仰を公けにしている牧師」ということへの強い関心がおありのようでした。

 そして私自身にとっても大きな興味を覚えたことがありました。それは、今なお日本キリスト教団の中では「聖霊の働き」に対する懐疑的な態度や否定的な反応を持つ牧師や信徒が大多数を占めている、との説明をすると、一様に「えっ」と驚きの声をあげたことでした。そして幾人もの方々から「聖霊の働きを信じれなくてどのように信仰を持てるんですか?」との戸惑いに満ちた素朴な質問さえ受けたのでした。質問を受けた私自身も、本当に「そうなんだよなぁ」と思わざるを得ませんでした。

 何か、もうそろそろ、我が日本キリスト教団全体が旧態依然とした「聖霊」に対する知的偏見? から解き放たれて、本気で「聖霊の働き」への信仰を復興させるべき時が来ているのではないかしら、と、そんなことを考えながら北海道へと戻ってきたのでした。

 ちなみに、私の神は、11月下旬から10日間ほど、今度はワシントン、ニューヨークへの扉を開いて下さいました。私は今、畏れと慄きの思いを持って生ける神の御手の中に己が身を委ねています。



第6回
立川教会
牧師高田 和彦

 キリストの弟子を目指して

 まことの信仰を目指す教会でありたいと願っています。その祈りにおいて、讃美において、自由でありたいのです。まさに第一コリント書の1章、3章でパウロ先生がおっしゃっているように、○○派、△△派と分類することは意味無いことです。キリストの教会としてふさわしく、まことの祈りと讃美をささげていく信仰姿勢だけを求
めております。

 立川教会は、1951年2月11日に、江口忠八、ハナ牧師夫妻によって立川の地に誕生しました。その設立から東京教区から特別指定を受け、多くの教会、信徒、牧師のお支えをいただきました。忠八牧師の後をハナ牧師が継ぎ、3代目として柏井宣夫牧師、そして愛澤豊重牧師が続きました。わたしは5代目の牧師として、2001年4月から仕えさせていただいております。

 現況は、現住陪餐会員40名。主日の礼拝出席は平均20〜25名程度。高齢化は確実に進んでいます。CSは休校中です。高校生から20代までの少年青年も皆無。少子化社会ですが、何とか子供たちへの伝道を活発化し、青少年が出入りしやすい教会を目指しています。それでも、よくささげる、すばらしい信徒たちのいる教会です。

 この4月から「讃美の夕べ」と呼ぶ夕集会をはじめました。朝の礼拝は正統的な礼拝をしていますが、ここでは新しい讃美のみでの礼拝です。まだ演奏者がいないためCDの助けをかりての礼拝です。「夕べ」の開始にあたり、OHPの購入寄付を申し出てくださる信者が現れ、感謝でした。出席者は多くて5名程度です。聖霊の導きを豊かにいただく礼拝への改革を願っています。

 目指すところは、ひとりひとりが「キリストの弟子」になることです。使徒言行録にでてくる聖霊に満たされ、互いに愛し支えあう聖徒の群れになることです。

立川教会ホームページ:http://www.geocities.co.jp/Berkeley-Labo/2967/