赤磐教会牧師 

        
額田 浩

      
Hiroshi Mukata



 私は、1992年の4月から郷里の岡山に遣わされ、いわゆる郷里伝道に励んで参りました。当時の私は32歳で、神学校を卒業したばかりの、文字通り新卒若輩でした。地区や教区の諸教会や諸先生方の温かいご指導やご援助に支えられながら、伝道牧会に取り組むことができました。

 着任した当時の赤磐教会は、「荒れた教会」とか「死んだ教会」と評されるほどに、建物も信仰面も末期状態といって差し支えないほどの状態でした。しかし、当時私を迎えて下さった数名の老兄姉たちは、ここで巻き返しを図らなければ本当に赤磐教会がなくなってしまうと、心から悔い改め、熱心に祈り、大胆に奉仕と献金をささげられました。また私は着任した年の11月に結婚しましたが、都会育ちの妻の京子も、岡山の田舎で不慣れなことを随分経験しながら、リバイバルを祈りつつ共にサバイバル伝道に励んでくれました。

 そのような中で、1996年には「教会を建てなさい」との神様からの啓示を頂きました。もちろん何の備えもありません。しかし神にできないことは何一つない。』『わたしの口から出るわたしの言葉もむなしくは、わたしのもとに戻らない。』とのみ言葉に支えられ外部献金を依頼することもなく、2001年11月に新会堂と牧師館を新築することができました。

 そして、この新会堂建築が赤磐教会の大きな転機となりました。
 新会堂建築中の礼拝は、私の実家を礼拝所として礼拝を守りました。私たち牧師一家の住まいも実家に移りました。この建築中の約半年間、神様は私に強く迫って来られました。私が聖霊の賜物として異言を与えられたのは、求道中のことでしたが、着任した赤磐教会の兄弟姉妹で聖霊の賜物を受けている人は一人もおられませんでしたし、聖霊の賜物について話しても理解してもらえないと考え、説教でも普段の交わりでもその点についてはあまり話して参りませんでした。しかし、教会の建物が新しくなるだけではだめだ、新しい皮袋は、新しいぶどう酒で満たされるべきだとの思いが強く与えられ、五日間断食祈祷院で祈り、教会新築後は、聖霊様を歓迎する教会、聖霊様の居心地のよい場所にしなければならないと示されました。そして、新会堂建築中の礼拝の説教で、少しずつ方向転換をしていきました。

 そして、2001年の聖霊刷新協議会全国大会に、教会員の兄弟姉妹と共に参加し、進むべき方向を体験してもらいました。その後、赤磐教会の礼拝や祈祷会で聖霊の賜物を受ける人が現れ始めました。

またこの頃から、手束牧師先生ご夫妻をはじめ、高砂教会の皆様と親しくお交わりとご指導をいただくようになりました。中でも、2003年の夏期修養会に参加させていただき、聖霊の賜物を受けていなかった5人の兄弟姉妹が全員異言の賜物をいただいたことは、赤磐教会の新しい方向を決定付けました。異言が与えられた方々は、異言で祈れるようになったということ以上に、内面的に喜びに満たされ、奉仕に励まれるようになりました。今も執事として熱心に励んでおられます。

礼拝も大きく変化しました。礼拝順序も、形式的なことや伝統的なことから少しずつ開放され、聖霊様が働かれやすいようにということに重点を移していきました。そして礼拝が充実し、聖霊様の存在感を感じる礼拝になってまいりました。礼拝では、はじめに報告や献金の時を持ち、それから説教前の30分を賛美の時として、5曲ほど続けて賛美を捧げます。その時、満たされ開放されて、泣きながら賛美を捧げる方がおられます。それは、教会員だけでなく、求道中の方にも何人もおられます。もうこのまま死んでもかまわないと思うほど恵まれたと言われる方もおられました。聖霊様は私たちが心から歓迎すれば、いつも私たちのところに来て、触れてくださり、満たし励まして下さるということを体験しています。

伝道においても、熱心に求道する方が送られて来るようになりました。時には礼拝人数の約半数が求道者の方々という時もありました。そのような中から、昨年のペンテコステに2人が洗礼を受け、クリスマスには4人が洗礼を受けました。さらに数人の熱心な求道者の方が集われています。

確かに、聖霊派の教会に方向転換することには、いくつかの恐れや不安がありました。教会員の方々の理解を得られるだろうかとか、赤磐教会も聖霊の賜物をいただけるだろうかとか、また私自身が聖霊派の牧師として用いていただけるだろうかとか、おそらく皆様にも同様な思いを経験なさった方が多くおられると思います。しかし、もし、そのすべての不安が的中したとしても、私たちが建設すべき教会は、やはり、聖霊様を歓迎し、聖霊様のお働きを期待する初代教会のような教会であるべきだと思います。

 最後に使徒言行録4章29,30節のペトロ祈りの言葉をお借りしてお祈りいたします。
「主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせて下さい。御手を伸ばしていやしを行なわせ、                 あなたの聖なるしもべイエスの御名によってしるしと不思議なわざを行なわせて下さい。」





   


  恵みの賜物

      
 榊原 定子




 「私を信じる者はその腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」(ヨハネ7:38)

学生時代、主イエス・キリストを私の人生の主として心の王座に迎え入れ、主と共に歩む幸いを体験しました。 大きな喜びが心の底から泉のように湧き上がり、幾たびも溢れてこぼれそうになりました。それまで頭で理解し ていたことを体験させて頂いた時、神様の御言葉は真実であること、人々に福音の恵み、福音の喜びをお伝えし たいと私の人生の土台が変えられました。

 今回、初めて教役者大会に参加させて頂き、若い頃私が体験した聖霊の喜びは、クリスチャン生活にとって新しい分野のほんの始まりにすぎず、私達の人生に於て、聖霊様に満たされ続ける時、主イエス・キリストにあってすばらしい体験を次々と味わうことが出来ることを思いました。これまでは使徒行伝に見られるような奇蹟はもう終わったと聞かされていましたが、そうではなく神様は今も生きておられ、病を癒し、悪霊を追放し数々のしるしと奇蹟をなしておられる。そして求める者、信じる者、従う者に今も豊かに聖霊を注ぎ、誰でも信仰によってその恵みに与ることが出来ることを知り心から主に感謝しました。そして豊かな賜物と聖霊体験をされている牧者より按手の祈りを受けて、私にも祈り求めていた癒しの賜物のきざしが与えられました。主がこの賜物を更に祝福して下さり、用いて下さるよう祈っております。今、教会の中にご高齢の方が増えてこられ、礼拝に出たくても出席できなくなられた方や病気のため苦しんでいる方もおられます。その人の寿命を衰えることはできませんが、ご高齢の方々や病の中にある人達が癒され、この地上の生を明るく、主と共に歩まれるよう、与えられた賜物を用いさせていただきたいと願っています。

 『ペンテコステの出来事』
  ハワード・M・アービン著  
  「いける水の川」

 私がこの本を知ったのは、今現在も礼拝に通っている日本キリスト教団新松戸教会の津村牧師夫妻の紹介であった。修養会のテキストとして選んだ本である。14年以前から津村牧師夫妻が聖霊に触れられる聖霊体験)をしていて、その後その重要性、またそのことを求める必要性を私たち信徒に、説教の中で伝えて下さっていました。ペンテコステにおける弟子たちの劇的な変化は知っていたし、あのような力強い信仰を持ちたいと思って祈っていた昨今、今回この本で「ペンテコステの特権と責任」という章があり、特権とは「あなたがたは、力を受ける」、責任とは「私の証人となる」、(使徒1:8)。今日、キリスト教においては、特権と責任との間に確実な相違があり、私たち多くのことを告白して来たけれども、不変の真理が必然的にもたらす責任を果たすのに欠けている。弟子たちがペンテコステの日に聖霊という約束の賜物を受けたのは、今度は彼らが、この世に対する神の賜物となるためであり、ペンテコステの責任とは、主が人であられた時代に始められた奉仕を私たちが受け継ぎ、すべての人間に対する主の和解の器となる事である。私たちは特権が与えられて様々な神の恵みを受ける、まさにそうであると信じている。しかしその事だけに気をとられず、御霊の賜物がもたらす責任にも目をとめ、信仰生活を歩めるようにとこの本は薦めています。神の恵みの特権を感じ感謝しつつ、今私が神の証人として何ができるか、どんなことを神によって期待されているのか、もう一度考える事の出来る本に出会った事を感謝したい。
                                                          (
日本基督教団 新松戸教会信徒 林 健二




(16)聖霊の導きによるカウンセラーを

                小樽聖十字教会牧師
                      小栗 昭夫

わずか10年ほど前までは、日本中のキリスト教会の中に「カウンセリング」ブームが渦巻いていました。各地で開催される講座や講演会には、文字通り立錐の余地もないほどの参加者があふれていました。

 しかし、いつの間にかひところの熱も冷め、人々もまた「カウンセリング」なるものに対してかつての期待感を持たなくなり、それどころか、何やらうさん臭ささえ感じるようになってしまいました。そして何よりも、実は「カウンセリング」そのものが、当初期待していたよりも遥かに難しく、ちょっとやそっとの知識や手法を頭で学んだだけでは全く太刀打ち出来ないほどに現実は重く厳しいものであったことにも気付き始めたのでした。

 もちろん、こうしたブームの背景には、この閉塞した社会の中にあって、これから自分は何に向かって生きればよいのか、先の見えない不安の中で、誰もがもう一度自分を見つめてみたいとの、所謂「自分探し」への願いがあったということも、ひとつの流れであったと思われます。
 しかし、この世で行われている一般的な「カウンセリング」を会得するためには、その土台として人間学や心理学、或いは哲学や文学、社会学といった総合的な理解も合わせて学ばなければなりません。ひとりの人間の魂を取り扱うということは、それほどまで重いことだからです。
 しかし、さらに残念なことに、あまりにも多くのクリスチャンがカウンセリングテクニックに振り回され、その結果、当然の結果として手痛い挫折を味わうこととなり、自信を失いながら身を引いてしまいました。

 こうした、これまでの風潮に決定的に見落とされていたものに、今、私は改めて光を当てて行きたいと願っているのです。それは、「聖霊」の助けなしにはひとつの魂をも決して救いへと導き得ない、という厳然たる事実に、まずクリスチャンたちがしっかり立って欲しいということなのです。それというのも、クリスチャン・カウンセリングの目指すべき目標こそ、決して一時の問題解決や自己実現に置かれるべきものでははく、永遠のいのちへの道を指し示すべきものであると確信す。そして、それを実現へと導く力は聖霊の助け以外にはないことを認識し、人智を遥かに超えた聖霊の助けを祈り求めつつ働くクリスチャン・カウンセラーが起こされることを、今こそ主は求めておられるのではないかと、今、私は思わされてならないのです。



第10回
三次シャローム教会
牧 師/津村 一志
伝道師/森上 壯

 不思議な主の導きによって三次シャローム教会が発足して2年と2ヶ月が経ちました。伝道師ご夫妻がご自宅を開放して下さり、毎週そこで聖日礼拝を捧げています。礼拝では、聖歌からワーシップソングまで何でも讃美します。礼拝出席数20名足らずの教会ですが、幼児からお年寄りの方まで喜んで集まっています。直径70キロのエリアに家庭集会が4カ所あり、伝道の大きな拠点になっています。また200キロ離れた米子にも礼拝所があり、月2回牧師と伝道師が通って少人数ですが礼拝を捧げています。祈りの課題は30名礼拝が捧げられ、街道が与えられることです。
 三次は人口6万の市ですが、中国地方のへそに位置する地域です。今、三次を経由して山陰と山陽を結ぶ高速道路が建設予定です。それが完成すればもっと人が集まりやすい地域になると思います。やがては中国地方全体に
キリストの香りを放つことができる教会に成長したいと夢見ています。祈りに覚えて下されば幸いです。