ドイツ福音教会聖霊刷新協議会議長

   
ディヒター・コイヒャー

      
Pfarrer Dieter Keucher


19世紀のドイツの有名な神学者ヨハン・ブルムハルト。彼はカリスマ運動のパイオニアであり先駆者であった。彼の牧会した教会では、大いなる霊の刷新運動が始まった。カリスマ運動という言葉を、まだ誰も知らなかった時代のことである。当時、霊的刷新に対する渇きは非常に大きく、彼の働きは全ドイツに大きな影響を与えた。2005年、ブルムハルトの生誕200年記念を迎えたが、彼の歩みはまさに使徒の時代のようだったとレポートされてる。そして第二次世界大戦後、この聖霊刷新の働きはいよいよ拡大し、宗派を越えて全世界に及んでいる。そのただ中に置かれている現代の私達はそれをどのように受け止めればいいのだろうか。

 神の力が働く時に、人々は驚く。私は1975年に聖霊体験をした。そして聖霊様の御業を見せられた。聖霊の力と助けを体験し、精神的な病からの解放、ガンの癒しなどが教会の中でも起こされていった。30年前の出来事である。これを通して、神の国を垣間見ることができた。聖霊の力によって人が変えられていくのを見させられ続けている。

ブルムハルトは「経験は希望をもたらす」という言葉を残した。この聖霊体験、また神の国体験は、復活された方から来る希望を与えるのである。また当時の記録には「奇跡は自然となった」と書かれている。どれほどの聖霊様の働きがあったのかが伺える一文である。人は聖霊様の働きによって神の国を経験することができるし、また神の国はどこにあっても、いつの時代にあっても実現するのである。

しかし「神の国はあなたがたのただ中にある」と語られても、客観的に見なければ分からないという人がいる。けれども聖霊様と密接な交わりを持つ時に、個人的に主観的に、それを味わうことができるのである。復活の主は召天までの間、特別なレッスンを弟子達に施した。使徒1章には40日の間彼らに現れて神の御国のことを語られたと記されている。イエス様が最も大切に語られたのは神の御国のことであった。そしてその神の国が成長することを望んでおられた。そのために弟子達は全権を委任された。あなた方が経験したことを続いて伝えなさい、と。そのような弟子達に聖霊が注がれたのである。

リック・ウォレン師はその著書の中で、「イエス様のなされた御業は多くの人々を惹きつける」と記している。イエス様のなされた御業を誇張して、また妥協して語る必要はない。神の福音を水で薄める必要もない。イエスがなされたと同じように仕えて、その業をするだけである。そのために求められるのが神からの知恵と知識、そして聖霊の油注ぎであるのだ。弱い弟子達が、キリストの証人として立ち上がるために、また神の国を成長させていくために聖霊が注がれたのである。

リック・ウォレン師は、現代の教会が人々を勝ち取る唯一の方法は、この世のどこも提供できないような者を教会が提供することだと語っている。この世の最もいと高き方が与えて下さった権威、その力に満たされて、私達は語り行うのである。私達は神の子供としてふるまい、謙遜な心で、確信を持ってそうすべきである。私達は癒しと解放のために祈ることができるし、その力と権威を主から委任されている者であることを知らなければならない。

ドイツ福音教会聖霊刷新協議会(以下GGEと略す)は以下のように文章をまとめた。「GGEは世界に広まるカリスマ運動の一端を担っている」。そして「聖霊の力を通してドイツ福音教会の刷新のために関与していくのだ」と。この文章の背後には、「上からの力無くして、教会はありえず、私たちは聖霊にまったく依存する者であるということである」という確認がある。私達の行動は両手を広げてそれをただ受けるだけ。本当に御霊の力無くして、神の御心を行うことはできない。聖霊のバプテスマとは、聖霊によって満たされた姿を現しているだけである。

イエス様は「あなたがたは聖霊を受ける。そして私の証人となるだろう」と語られた。そのために「もう一人の助け主」を与えられたのである。それが聖霊様であり、私達はイエス様との信頼関係の中にあるように、聖霊様との信頼関係に繋がれ、恐れずにキリストの証人となろうではないか。カリスマ運動の基本的なことは聖霊様との信頼関係の中に自らが置かれるということ、この方に自分自身を明け渡すことであることを知って頂きたい。そして、どんな状況であってもイエス様が語られたことは然りである。「あなたがたは私の証人となる」という力強い言葉、この言葉の中には、イエス様が私達に与えて下さる権威が隠されているのである。

イエス様が弟子達になされた集中レッスンで神の御国についてお教えになった。特に信仰にあって神の国を建て上げること、その中で神さまの業が起こされるという事実を忘れてはならない。主は聖霊によって、あなた方を通して神の国を打ち立てられる。だから決して希望を失ってはならない。

主から私達に全権が委任されたのである。イエス様が昇天された後、そのまま天を見上げていてはいけない。その目を収穫の畑に向けなければならない。神の御国を打ち立てるために、その召しに従って立ち上がることを求められている。私達は霊的にワクワクするような時代に生かされている。キリスト教の歴史の中でかつて一度もなかったような時代。聖霊様の働かれる中で、次々と人々が救われている。キリスト教に対して閉ざされていた国の門が開かれてきている。ペンテコステの息を人々は求めているのである。

主が願っておられることは、その与えられた「神の国形成への招きと委任」に対して、私達がはっきり「お従いします」と、自分自身を心から聖霊様にお委ねして従うことである。これこそ真に召された者の姿ではないだろうか。私達は真心から「はい、お従いします」と告白しようではないか。そして大いなる希望と確信と信仰を持って前進しようではないか。






        新松戸教会信徒 森 恵美子

「今、キリスト者はかつてなかったような霊的にワクワク(感動)する時代に生かされている。聖霊の働きを通して導かれる門戸が開かれている。…聖霊の息がふきこまれている…」

月18日海の記念日に、高砂教会で開催された聖霊刷新協議会 第4回全国大会において、ドイツ福音協会聖霊刷新協議会議長 ディター・コイヒャ−牧師はメッセージでかく語られた。

全国から聖霊の導きにより集められた多くの勇士は、この日心をひとつにし、祈りの時を共に持つことができた。教会堂に響き渡る賛美の歌声は、心を更に高鳴らせた。私は受洗間もない信徒であり、全国大会に参加するのは初めてどころか、こんなにたくさんのキリスト者の中に身を置くこと自体初めての経験だった。冷房のよく効いた教会堂は、しかし熱気で足を踏み入れた瞬間から熱かった。

コイヒャー議長のお話に耳を傾け、午前の部が終了。その後各々昼食をとり、午後分科会が行われた。私は所属する新松戸教会の津村悦子牧師の「リニューアルと異言」に参加した。ここでは先生の著書『ヒネニー』をテキストとして、先ず「リニューアル」とは何か、「異言」とは何か、という理論を学び、その後リニューアルの実践へと入っていくといる流れで進められた。

 私達の新松戸教会は毎月第二日曜日に「賛美と祈りの会」が持たれ、その中でリニューアル・ミニストリーを受けることができる。あるいは年3回の修養会の中でもこのミストリーのために多くの時間を割いていただく。その何れの時も、私達一人一人は牧師先生からたっぷり祈っていただき、聖霊様の豊かな注ぎの中に全身浸る、という実に贅沢な体験をしている。だから、限られた時間の中で、求めてやってきた人たちお一人お一人への十分な祈りの時間がなく終えてしまったことは本当に残念なことだと思う。分科会での学びを通して、私自身いつも当たり前のようにリニューアルの時を過ごしてきたが、聖霊様の臨在の中で祈っていただくことがどれだけ霊的な糧となっているかを確認できたようで、深く感謝することとなった。祈りの中で、聖霊様に触れる体験を一人でも多くの方達と分かち合いたいと、心から願うものである

 聖霊刷新の波はすでに全世界規模で拡大を続け、その中にあってドイツと日本は遅れているのだと聞いた。更にコイヒャー議長はメッセージの中で、「聖霊刷新の拡大と比例して、イスラエルにおけるメシアニック・ジューの拡大が進んでいる」ということも話された。

 長い歴史の中で神が私達に介入して下さろうとしている今、私たちは聖霊様に全て委ねることによって、聖霊様に霊的な目を開いていただき、聖霊様と共に生きる栄誉に浴しているのだと思ったら、心が躍るようだった。熱くて、でも短い一日はこうして終った。

全国大会開催のために奉仕された多くの方々に心やり感謝申し上げたい。






         榛原教会牧師 菊池 啓示

 年の夏、全国大会に参加しました。高砂教会に伺うのはこれが二度目のことでした。十数年前、まだ神学生の頃に、求道中の友人を大阪に訪ねる際、祈りの励ましをいただきたくて、突然お邪魔したのです。伝道師の先生は広々とした礼拝堂にお連れくださって、力強い祈りをもって送り出してくださったことが昨日のことのようによみがえりました。あの時おられた御霊は、同じように今ここにおられる。そして今はこんなに大勢の皆さんと共に主を賛美している、と思うと、腹の底から喜びが込み上げてきました。

イヒャー先生の講演は、慰めと励ましに満ちたものでした。「御霊のお働きによって、私たちは変えられてゆくことができる」。「教会(教団)は御霊に依り頼むことがなければ主の御心を何一つ行うことはできない」。「主イエスが御霊と結ばれておられるように、私たちも御霊に結ばれている。だから何一つ心配は要らない。御霊にゆだねよ」。「御霊によってこそ教会(教団)は人々が本当に必要としていることを教えていただき、人々に仕えることができる」。「御霊によって教会(教団)は真の一致へと成長する」、などなど…

昼食をはさんで参加した分科会では、「地域を支配する霊」について手束先生から講義を受けました。私が今遣わされています地についても、主イエスの救いの御業がさらに力強く進められてゆくためには、人々を縛り、覆っている霊的現実(町の歴史、神社・仏閣の性格)を知ることがまず重要であると教えられました。教会に戻ってから、町が出している「郷土の小祠」、「郷土の八幡信仰」などの冊子を求めて、少しずつ調べはじめています。

真に豊かな実りをいただいた1日でした。御霊に信頼してゆくとき、なすべきことが示されてゆくのだと新しく強められました。
主の御名をたたえます!

「万軍の主はたたえられる、これは権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである」(ゼカリ書4:6







         赤磐教会信徒 横井 章二

今年の6月、日本キリスト教団赤磐教会に転会したばかりの私にとって初めての集会参加。

それも全国大会。日本キリスト教団の名称はかろうじて知っていたが、聖霊刷新協議会なるものは全く知らなかった。やっと赤磐教会の祈祷会の中で、また研修会に講師で手束先生をお招きし、そのお働きと高砂教会の存在を知った。そんな私が全国大会に参加しようと思ったのは「高砂教会に行ってみたかったから」の一言。手束先生のもと、成長し続けている聖霊に満たされた教会をひと目この目で見たかった。

7月18日の早朝、赤磐教会の兄弟姉妹と車を乗り合わせて高砂教会へ。その途上、道を知らない私が前の車から離れまいとして完全な信号無視。左側を見るとパトカー。「あっ捕まった」「神様〜〜許して〜〜」とドキドキしながらバックミラーをのぞく。サイレンも聞こえてこない。感謝。全国大会への道は守られていることを確信した。(笑)そして無事、兄弟姉妹とはぐれることなく高砂教会に到着。前の車に乗っていた兄弟が私をみてニヤリと笑った。

高砂教会を初めて見て「大きい」「外観が地味」、中に入ってみて「聖霊に満たされている教会」、しばらくして「慣れてくるとそんなに大きくない」「200人くらい座れるかな」などと勝手に思う。ゲストスピーカーのディター・コイヒャー師のお話は私にとって難しく「神の国はことばではなく力である」「霊的にわくわくする時代に生きている」「教会とは神の力に満たされた人が集っているところ」などのフレーズが印象に残ったものの少々不完全燃焼。そこで手束先生のまとめ(?)「神の国は近づいている」「神の国は回復している」「神が歴史に介入している」との説明でスッキリ。また、同じ教会員の榎本姉の威風堂々とした証に感動。今回、都合で来られなかったご主人の榎本兄の顔が浮かぶ。聖歌隊の賛美もすばらしく、とくにドイツ語での第九合唱には「まいった」。(あとで聞くと相当、緊張されたとか)昼食後の分科会ではお名前しか知らなかった先生方にお会いでき、名前とお顔の確認作業。これで祈りにも気合が入る。

今回、高砂教会に来てみて、建物も素晴らしいが、それ以上に受付、お茶のサービス、片付け、案内など教会員の方々の献身ぶりに驚かされた。「互いに仕え合う」というのはこのことを言うのだと。「やはり教会は中身で勝負!」などと思いながら帰途についた。もちろん、帰路も主に守られた。主に栄光。主に感謝。